麹町界隈『わがまち人物館』
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日本にシャンソンを普及させた評論家

蘆原英了(あしはら えいりょう) 1907-1981

音楽・舞踊評論家。本名、敏信。親戚に小山内薫、藤田嗣治(伯父)がいた影響などから、幼い頃からヨーロッパの劇場芸術に関心を持ち、戦前の日本で“シャンソン”という言葉を定着させたシャンソンとバレエの評論家。昭和10年代、六番町15の桃園学園のあたりに、山月房アパートと呼ばれる集合住宅があり、そこに住んでいた。戦前、すぐ近所の生んでいた藤田邸に頻繁に出入りしていた様子は、彼自身の「半自叙伝」にくわしい。没後、大衆芸能を対象とした蘆原英了賞が創設された。余談ながら、著名な建築家の芦原義信(1918-2003)は英了の末弟。

ジャンル 音楽評論家
ゆかりの地(旧) 下六番町15
ゆかりの地(現) 六番町13番地

 ※ゆかりの地での(旧)は旧地番を表記し、(現)とはその場所の現行地番を示しています。
     また、現行地番からのリンク先(既成地図ソフト利用)は、あくまでも「その周辺」とご理解ください。

 

参考文献:


千代田区麹町出張所地区連合町会・地域コミュニティ活性化事業実行委員会