長唄三味線方。東京生まれ。本名:武藤良二。明治40年、4世佐吉を襲名。大正元年、長唄芙蓉会を組織する。三味線演奏だけでなく、『夜討曾我』『黒塚』などの長唄曲をはじめ、三弦歌謡、童謡などの作曲を手がけ、長唄協会の設立にも尽力。また三味線の改良や、ヨーロッパへの紹介、NHKなどへの数多い出演といった邦楽の普及に努めた。宮城道雄とともに邦楽史上に多大の功績を残した邦楽界の巨星。永田町2丁目(詳細は不詳)に住んでいた。
ジャンル | 演奏家 |
ゆかりの地(旧) | |
ゆかりの地(現) | 永田町2丁目 |
※ゆかりの地での(旧)は旧地番を表記し、(現)とはその場所の現行地番を示しています。
また、現行地番からのリンク先(既成地図ソフト利用)は、あくまでも「その周辺」とご理解ください。
参考文献: