樋口一葉の恋の通い路は、本郷から麹町へ。
5000円札の顔になった樋口一葉は、内幸町生まれ。
その後、本郷赤門前、菊坂、浅草竜泉寺町、丸山福山町などへ移り住んだ。
樋口一葉は、内幸町の東京府庁内長屋(現:内幸町一丁目5付近)の生まれ。本名奈津、夏子とも書いた。歌塾「萩の舎」に入塾。ここで三才女の一人と謳われる。姉弟子の田辺花圃の書いた「薮の鶯」が評判を得たことから、半井桃水に師事し小説家としての一歩を踏み出す。生活苦から荒物・駄菓子屋を出すなどするが失敗し、本郷丸山福山町に転居。「文学界」の若い同人たちとも交わりながら、わずか2年半の間に珠玉の作品「大つごもり」「にごりえ」「たけくらべ」などを発表し文壇に旋風を巻き起こすが、その絶頂の24歳8か月という時期に短かい生涯を閉じる。
一葉といえば、一般的に「本郷」というイメージが強いが、ここ「番町麹町」にもゆかりのある人であった。とくに萩の舎で同門だった田辺花圃、島田政子、中村禮子らが番町に住み、しかも師でもあり思慕していた半井桃水が住む家もあり、一葉の日記にはたびたび登場する。
それにしても一葉は、本郷菊坂から徒歩で優に1時間以上もかかる半井宅まで、どんな想いで通いつめたのであろうか。その健気さが胸を打つ。
ジャンル | 作家 |
ゆかりの地(旧) | 東京府庁内長屋 |
ゆかりの地(現) | 内幸町一丁目5番 |
※ゆかりの地での(旧)は旧地番を表記し、(現)とはその場所の現行地番を示しています。
また、現行地番からのリンク先(既成地図ソフト利用)は、あくまでも「その周辺」とご理解ください。
参考文献:
生誕地の内幸町には、一葉がこの地で生まれたことを記念する碑が麹町出張所地区連合町会によって建てられています。
※碑面デザイン画はクリックすると拡大してご覧いただけます。